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"ここ!?"麻川さんがあの時、あんなに怒鳴っていたから? "知佳、目、瞑って"麻川さんと先輩が目の前でキスしていたから? "会うの週1にしよう"ケータイで約束されたその言葉に、 麻川さんが絡んでいるんだと思っているから? "千葉さん大学何処行くの?"麻川さんは、 あたしが先輩と関係があるって事を、分かっているんじゃないかって思っているから? どれも全て、当てはまってしまう。麻川さんは先輩の彼女だから、仕方ないのに。 そんなのでいちいちショックは受けないって、決めてたはずなのに。 何分経っただろうか、時間は結構経ったと思う。 麻川さんの独自の方法で出来上がったケーキは、(あたしと莉子は殆ど見学していた) すごい…… 「美味しそう……」 チョコクリームの塗られたスポンジの上に、バナナがのったケーキ。 チョコバナナケーキ。店で売っていてもおかしくない。 これはもちろん麻川さんが提案したものだ。……だけどこれ、 3人で食べるにしては多いと思うんだけど……。そんな事を莉子も思ったのか、 「これ5人分じゃない?」 麻川さんはその言葉に頷く。 「あたし達どー見ても3人だけど」 「倉木さんにあげる」 麻川さんはそう言って、笑った。 ずきん、と久しぶりに感じた胃の痛み。 麻川さんの視線は、あたしに向けられているようだった。 冷たく、あたしの表情を観察するような、そんな視線で。 視線に耐え切れなくてあたしはうつむいてぐ、と目を瞑った後、顔を上げて笑った。 「彼氏にこんなのあげたら喜ぶだろうね!」 ちゃんと、笑えていたかな。棒読みじゃなかったかな。 大丈夫、かな……不自然じゃない、よね……。 そうか。麻川さんがこのチョコバナナケーキを作った理由。 そういえば先輩、チョコバナナ好きだったんだっけ……。 「そうかな、」 麻川さんはあたしを、決して笑っていない目で見ながら呟いた。 莉子はその表情に気付いてないようで、ひゅーひゅーと冗談を言っていた。 冷たい空気が流れていた。 「じゃ、……食べよっか」 麻川さんは無表情のままそう言った。あたしの鼓動が早くなっているのに気付く。 ……辛い。分かっているのなら、攻めれば良い。 気付いているのなら、怒鳴れば良い。あたしの事追い出せば良い。怒れば良い。 嫌いになれば良い。莉子にバラせば良い。 ――なんで。何で、何も言わないの? 何で、気付いてないフリをするの? それが1番、怖いのに……それが1番、傷つくのに…… 何で、何で、何で、何で、何で、何で。 じわじわと傷が深くなっていく。麻川さんの、間接的な"気付いているのよ"と言う、言葉で。 美味しいはずのケーキの味が、あたしには分からなかった。 辛い。痛い。苦しい。……もう、嫌だ。こんなの、嫌だ。 涙が出てくるのを堪えた。あたしが悪い。あたしが悪いんだから。 ごめんなさい、麻川さん。ごめんなさい、麻川さん。 フォークを持つ手に力が入る。麻川さんは今、どんな事を思うのだろう。 あたしに早く別れて欲しい? あたしに早く泣いて欲しい? あたしを早く謝らせたい? あたしをもっと傷つけたい? きっと、ぜんぶだろうね。 深く、深く、傷。 ←BACK NEXT→ |