浮気をしました。





 年賀状は、先輩には出さない。出せない。ケータイを使っちゃいけないのと同じ理由。 麻川さんや家族にバレる可能性があるから。
 残り1枚の年賀状を裏返す。父さんが印刷してくれた宛名――"伊藤光様"それが視界に入った瞬間に、 いつの間にかあたしのペンは動いていた。ぐちゃぐちゃ迷っている気持ちを押しのけて、先に手が動いた。

"あけましておめでとう! 何か去年は色々ごめん、光が悪いんじゃなくて、 あたしが悪いんだよ、ごめん、話すの恥ずかしいから年賀状で謝るね。 今年はいよいよ大学生だし、まあ、色々宜しくね"

 速攻で作られた文。手が止まった瞬間にぐ、と胸を掴まれた感覚があたしを襲う。 馬鹿みたい。こんなの、馬鹿みたい。なにやってんだ。鼓動が波打つ。


"もう、お前の事に、変な風に突っ込まないから……"


 ぐしゃり、と音を立てて年賀状がつぶれる。正確にはあたしがぐしゃぐしゃに丸めた。 あたしはゴミ箱に投げ捨てる。年賀状はゴミ箱には入らず、ころりと音を立てて地面に落ちた。
頭をくしゃくしゃにする。言い表せれない何かがうずめいて、いらいらした。

「ー……ッ」
馬鹿みたい、馬鹿みたい。
"良いお年を、"それだけで、仲直りできるかなって、期待するとか、馬鹿みたい。ほんと、馬鹿みたい。 掌に爪の跡がついた。寂しくて、悔しくて、痛くて。

"クラスメイトの1人"ただ、その枠からはみ出して無かっただけ。それだけなのに、何、期待してたんだろう。





 次の日。待ち合わせた時間の10分前に到着して、少しだけ待っていると莉子が走ってきた。 同い年とは思えない。私服の時は特に。遠くから見るとまるで高校生とは思えない。 莉子の栗色の長い髪の毛が揺れるのを見ながらケーキ作りの材料を鞄につめる。 軽くわらって、莉子と一緒に麻川さんの家まで向かった。

「やばいでしょ? もう寒い通り越して熱いよあの人のギャグは」
「えーないない、つかだって、前使い方も知らないくせに"悔しいです!"とかいってすべってたよね」
「ありえないよねー」
 笑い声が道路に響いていく。 こんな下らない会話も、あと少し。あと、少し。大学生になったら、もう、できないんだ。

 麻川さんの家のインターホンを鳴らす。麻川さんの家に入り、とりあえず喋る。 莉子と麻川さんが爆笑している中、あたしは何だか気が乗らなくて、曖昧に笑っているだけだった。 先輩の笑顔がちらつく。明日会える、そう思うと2人の話に入っていけない自分がいた。
そんなあたしに気付いたのか、それとも何となくか分からないけれど莉子があたしに向かって言った。

「ケーキ作んない? そろそろ、」
「ああ、うん。じゃあつくろっか。はい、材料」

 莉子に材料を渡す。ちなみに、殆どの材料は麻川さんが用意してくれたらしい。

「何であたしに渡すのよ。はい、知佳」
「え、あたし?」


 顔を見合わせて笑う。莉子を見ながら。あたしは、麻川さんの顔が見れなかった。 どんな表情かなんて分からなかった。
 ――……何で? 何で、麻川さんがまともに見れないんだろう。




馬鹿みたいな枠




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