浮気をしました。





 午後4時、クリスマスパーティーは終わった。洗い物はしてくれるというので、 悪いねといいつつも全て任せてあたしと莉子は一緒に家に帰った。

 ずきずきと胸が痛む。先輩の彼女はやっぱり、麻川さんなんだ……。 それを改めて思い知らされた。 先輩。先輩のための溜め息も、涙も、苦しみも、笑顔も、愛しさも、眠れない夜も。 いつかぜんぶ、先輩の元に届くのでしょうか。

「あ、」
「ん、どしたの?」
 ケータイ忘れてきた。麻川さん家……やばい、どうしよう。 ケータイ見られたら……先輩からのメール。保存、した。
 胃がきりきりと痛む。もし先輩からのメールを見られたら、今度こそ、やばい。 締め付けられる心臓の痛みを堪えて、あたしは走って麻川さんの家まで行った。
 見てませんように、中身……!  必死に祈りながら、息を切らして麻川さんの家の近くに辿り着く。 そろそろ疲れたしあたしは歩いて角を曲がる。ここを曲がれば、麻川さんの家―― その時あたしが見たのは、

 かっこいい、先輩じゃない男の人をとてもにこやかに笑っている麻川さんが 家の中に入れている、光景だった。


 誰……?


 足が1歩さがる。思うより先に、ここにいてはやばいと体が分かっていた。 何で。何で麻川さんが、家に男の人を連れて来ているの?  先輩だったらまだ良かったけれど、違う。しかも、その人は麻川さんと仲良く笑ってる。

「ごめんねーいつもいつも」
「いいよいいよ、こっちこそいつも家入らせてくれてありがとう」

 "いつも"? いつも、麻川さんの家に、 先輩じゃない男の人は、親しげな男の人は、来ているの? 頭が疑問で埋め尽くされた。
 うそ、これって――……!


 浮気、


 あたしは口を手で覆った。驚きが隠せなかった。ばくばくと激しく動く心臓が、 胸を破ってしまいそうだった。あたしは、きっと今、浮気現場を目撃してしまっているんだ…… あたしは走った。信じられない、あの麻川さんが、うそ、でも、……

"いつもいつも" その言葉が頭の中に何回も流れる。

「うそ……」
 言葉が零れた。麻川さんが、そんな……。
 ケータイの事なんてどうでも良かった。あたしは家まで帰ると、玄関にしゃがみこんだ。 持久走をやった後みたいな心臓の痛さ。ごくりと唾を飲み、荒い息を必死に静める。

「っは……っは、っは……」
 先輩。もし、先輩に。もし先輩にこの事を言えば、どうなるのでしょうか……。 頭の中で嫌な自分が笑っているのが見えた。もし言えば、麻川さんの事を先輩は嫌いになるのだろうか。 もし言えば、あたしの方に先輩は振り向いてくれるのだろうか。
もし言えば、

"彼女にして欲しい?"

 この言葉は実現されるのだろうか。
 駄目駄目、だめだめ。あたしは首を横に振って考えを振り解く。 そんなのって、……きっと、酷い。あたしも浮気してるのに、 麻川さんの事だけ浮気してるのを悪者にするなんて、そんなの自分勝手。 先輩を横取りするとか、そんなの、そんなの。


"彼女にして欲しい?"

「はい……、」


 もししてくれるのなら、先輩。してほしいんです。彼女に。一番に。 どんな手を使ってでも、なりたいと思ったんです。――だけど、あたしにはそれだけの勇気は無くて。

「好きなんです……せんぱいが、好きなんです……」
 先輩が麻川さんの事を、とても、とても愛している事だって分かっているけれど。 それでも、先輩を、先輩だけを、あたしは愛しているんです。
 涙が落ちていく。

"その時はさくらを彼女にするよ"
 いつか先輩が電話越しに言ってくれた言葉。
 そうだ……浮気がバレたら、あたしを彼女にしてくれるって。そうやって言ってくれたんだっけ。 あたしは思い出してから、鼻で笑う。嘘に決まってるじゃん、そんな事。 先輩は麻川さんの事、凄く、凄く、好きなんだから。あんな言葉、もう先輩は忘れてるんだから。




一番にしてほしい




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