「起きなさいさくら、」 寒いのもあって、布団の中に包まるあたしの耳にお母さんの怒声が聞こえてくる。 「さくらっ、起きなさい、もう8時よ」 8時という単語に反応して、あたしはんんー、と寝返りを打つ。 起きなきゃとは分かっているけれど起きたくない。お母さんが布団を剥がして来る。 あたしは目を擦って起き上がる。 「さくら今日学校よ」 「分かってる……」 「遅れるわよ」 「分かってる……」 いらいらしながらお母さんの言葉に答える。 昨日の涙は乾いていたけれど、胸が痛いのに変わりは無かった。 朝からなぜこうも寒いものか、なんて思いながらあたしは落ちていた青い上着をはおる。 目に入った、水色のマフラー。綺麗に透き通ったブルーが、あたしの目に焼き付いて、悲しくなった。 のそのそと着替えてご飯を食べて、遅刻覚悟でのろのろと学校へ行く。 鞄にこっそりと入れてきたマフラーをきっかけに、光と仲直りしようかな、なんて考えていたら 先生の話も授業もあっという間に終わった。 仲直り、仲直り……光の表情を、目が合わないようにちらちらと見る。 ふいに、机2つ分遠くにいる光と目が合う。なにかを伝えようと、口を開けるけれど、光はすぐに目を逸らした。 あたしは固まったまま。光が友達とわいわい喋っているのを見ながらただ、突っ立っていた。 仲直り、なんて無理に決まっていた。どれだけ自分勝手を突き通すつもりなんだ。 言い表すことの出来ない寂しさや悲しさやふがいなさが体中を回る。ぐぐ、と力がこもる。 光の目を逸らした、そのまるで他人のような表情が、切なかった。とても、とても、痛かった。 自分が悪いのに、自分が悪いのに、自分が悪いのに。そんな言葉で自分を言い聞かせる。 溢れてしまいそうな涙を、止めるのにいっぱいいっぱいだった。 「……さく、ら?」 莉子の声に反応して、あたしは顔を上げる。莉子は目を真丸く開けて、 "どうしたの"というような表情でこっちを見てきた。見つめあうあたしと莉子は、黙ったまま。 次の授業の先生が来て、あたしはじゃあ、と声をかけて席に着いた。 莉子はあたしを心配してくれている。――……莉子には言うべきだろうか、浮気している事。 でも、莉子は、あたしより、あたしなんかよりきっと麻川さんを選ぶ。 ……それが当たり前。だけど、もし、そうなったら。あたしは、誰といるのかな。 あたしは、1人になるのかな。ずき、と胸が痛む。 自分勝手だって分かってる。それでも、それでも。――……話せない。話せるわけないよ。 この事は、誰にも。クラスメイトにも、莉子にも、……そして、光にも。 放課後になる。今日は先輩と会う日だ。でもあたしの心は晴れなかった。 光のあの視線が脳裏に浮かぶ。けっきょく視線が合う事はあれっきりなかった。 "何あったんだよ" "肝心な事聞いたらあやふやにすんのかよ!" "何か言えよ、" あの時言っていればこんなに心は曇っていなかったかな。 "俺、何か……お前の気持ちも知らずに、" "ごめん、……無責任な事言って、……" あの時あたしが悪いのって言っていれば、こんなに辛くなかったのかな。 "もう、お前の事に、変な風に突っ込まないから……" あの時、引き止めていたら、全て話していたら、今も目が合っていたのかな。 光の友達と笑う顔を見ながら、そんな風に思った。 あたしはぶんぶんと首を横に振って、考えを振り払って、教室を出た。 自分勝手が泣いている。 ←BACK NEXT→ |