|
「……んだよ、」 しばらくして、光の小さな声が聞こえた。 その声は決して怒鳴っていたわけじゃないけれど、とても強みを帯びていた。 思いっきり唾を喉に流し込んで、恐る恐る顔を上げる。胸の中でぐるぐる黒いものが渦巻いていた。 「言いたいことずらずら言って! 肝心な事聞いたらあやふやにすんのかよ!」 ずきん、と胸が痛む。確かにそうだった。全てが痛いほどに突き刺さる。 あたしが悪いんだ、そんなの分かってる。分かってるけど。だからこそ、あたしはまたうつむいた。 「そんだけ様子変だったら俺だって気付くよ! 気になるよ! なのに俺じゃ駄目かよ! 信じられないってゆーのかよ! 言えないのかよ!」 光が怒鳴る。ぎゅっと目を瞑ってあたしは黙り込む。 ずるいって、最低だって、分かっていたけれど。それでも、なにも言えないから、あたしは黙る。 どうしたらいいのかなんてあたしに分からなかった。 このことを素直に言えばいいの? 浮気してるんですって? そんなの言えっこないよ。 「黙るなよ、」 あたしはなにも言わなかった。なにを言えばいいのか分からなかった。 あたしが今なにかを言えるとしたらきっとそれは謝罪の言葉だけだろう。 「なんか言えよ、」 心の中で何度も何度もごめんなさい、と謝った。 でもきっと、それは光の求めているものじゃないから。あたし、馬鹿だ。 光がしばらくなにも言わなくなって、あたしは少しだけ顔を上げて光の表情を盗み見した。 「……そんなの、ずりーよ…………」 小さな声が聞こえた。もう諦めたような、そんな、小さな声。 光は唇を尖らせて眉間に皺を寄せている。ずきり、と、胸になにかが刺さったような痛みが、した。 ほんとは、いいたいことがいっぱいあった。いっぱい、いっぱい。 だけど、もう、光に迷惑は掛けちゃ駄目だと思ったんだ。 先輩のこと、浮気のこと、昨日のこと、すべて言えばすっきりするけど。……でも。 そんなこと言ったら、光は困るでしょ? 鬱陶しい女だなって光は思うでしょ? そんなこと自分が悪いのに、なんで悩んでるんだって光は怒るでしょ? 涙がいっぱいに目に溜まる。もう、すぐ零れ落ちてしまいそうだった。こんなずるい自分に腹が立つ。 いっそ消えてしまえばいいのに。いっそ消えてしまえばいいのに。ぐっと拳に力を入れる。 「……ごめん、」 零れ落ちて、消えて、ゆく。 ←BACK NEXT→ |