浮気をしました。




「なんでいなかったの?」

 精一杯に作った笑顔で光に聞く。ちゃんと、笑えてるよね……。
 沈黙の痛さに、視線がうろうろと迷う。あたしはもう1度唾を飲み込んだ。 違う、違う、違う。こんなんじゃなくて。

「……昨日は、眠くて、家で寝てた」

 光が困ってる。こんなこと言ったら困るに決まってるのに。困らせたいわけじゃないのに。 なんでか分からないけれど、口だけがべらべらと動いて、止まらなかった。 言いたいことがうまく言えない。伝えたいことがうまく伝わらない。なんで、なんで。

「そ……だよね、光にも事情ってものがあるしそりゃーそうだよね!  なんか変なこと聞いちゃってごめんねっ……なんか、あたし……毎日来るかと思ってた」

 最後の一言に、光が反応した。あたしはうつむいた顔を少しだけ上げて、光の表情を確認する。 光は眉間に皺を寄せてこっちを見ている。怖くて目を合わす事ができない。 なに、変なこと言ってるんだろう。馬鹿みたい、これじゃあ "告白" じゃん。

「毎日来るのかなって、思って……!」

 言いたくないのに口だけが動く。やめたいのに。こんなんが言いたいわけじゃないのに。違う、の、に。 わなわなと体が震えるのを止めたくて、あたしは右手で左肘を掴んだ。
 光が真剣な表情をしてやめろ、とこっちに寄って来る。 それでも口が動いて、あたしは適当にべらべらと喋っていた。

「なんか、ずるいよね皆! ……そーやって、……期待はいっぱいさせてくれるくせに…… ほんとに、寂しい時、……あたし、1人になってるんだもん……」

 先輩と麻川さんのキスシーンだけが蘇る。胸が鷲掴みされたようにぐっと痛くなる。なんで、なんで。

「もうやめろ、」
 光があたしの腕を掴む。あたしは反射的にそれを振り解いていた。 光が驚いた表情でこっちを見てるのに気付いて、あたしはやっと我に返った。
 なにやってるんだあたし。なに言ってるんだあたし。あたしは恥ずかしくなってうつむいて、呟いた。

「――……ごめん、」
「お前……何あったんだよ、」

 光が話しかけてくる。でもあたしは、それに答えられなかった。なにがあったわけでもない。
 最初から分かりきっていたこと、決まりきっていたこと。それを改めて実感しただけの話。 べつに、なにかあったわけじゃない。自分で自分に語りかけるたびに、脳裏にあの瞬間が蘇った。 麻川さんの壊れたように怒鳴る姿、叫び声に近いほど大きな声、 クローゼットから覗く小さな視界、そして2人の、キスする瞬間。

「……ごめん、」

 言えない、光だけには。浮気してるんだ、なんて。あたしは謝るとうつむいて、黙った。 沈黙の嫌な空気が過ぎていく。光の視線はまだこっちに降り注いでいる。




そして脳裏に蘇る、




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