浮気をしました。




 先輩は離れて、麻川さんの表情を確かめる。麻川さんの頬はピンクに染まっていた。

「好きだよ、」

 もう1度囁く先輩。ずきり、と胸が痛くなる。もう何回も言わないでよ、 なんて泣きたくなるのはただのわがままなんだって知っている。それから少し沈黙のまま2人は見つめ合っていた。

「ごめんなさい、疑ったりなんか、して……いきなり来たりして、……迷惑、だったでしょう」
 しばらくして、麻川さんは申し訳無さそうに謝った。

「全然。俺が不安にさせたのが悪かったよな」
 先輩はそう言って麻川さんのおでこにおでこをくっつけた。麻川さんは頷く。5時を告げるチャイムが鳴った。
「あ、じゃあ……、帰るね」麻川さんは小さく呟く。あ、待ってと先輩が呼び止める。

「送ってくよ」

 先輩は笑った。2人は肩を並べてリビングから出て行く。 歩きながら、先輩は麻川さんに気付かれずに、あたしを気にするように少しだけ振り向いた気もした。
 ……だから、無駄な期待はしちゃ駄目だってば。 どくん、どくん、と胸騒ぎが静まった。ドアを閉める音がして、あたしは安堵の溜め息を漏らす。

 体中の力が抜けて、座り込む。ゆっくりとクローゼットを開けると、光が差し込んで、眩しい。
 しばらく天井を見上げていた。放心状態っていうんだっけ。 ただただなにも考えずにぼーっとしていたら、涙が流れて落ちた。

「……はは、」

 乾いた笑いが零れ出る。もう疲れた。なにが。なにが送ってくよ、だ。 馬鹿野郎。泣きたくなんてないのに涙がぼろぼろと溢れた。

「……ばっ、か、みたい」
 ほんと、馬鹿みたい。、……誰が? あたしが、先輩が、麻川さんが?
 ……あたし、か。なんで泣いてんだろ。なんであたし泣いてんだろ。 涙をてのひらで拭う。それでも涙は溢れ出るばかりで、止まってなんかくれなかった。 馬鹿みたい。こんなの、馬鹿みたい。こんな恋……。


「うわああああああああああああああああああああああああっっっ!」


 あたしは今まで、なにに期待をして、なにに泣いて、なにに笑っていたんだろう。

 あたしは思いっきり叫んで自分の鞄を無造作に手に取ると、 足をもつらせて、こけかかりながらあたしは走った。息を切らして公園に辿り着く。 そこに光はいなかった。どこかに隠れてるんじゃないだろうか、と探してみる。けど、やっぱりいなかった。 夕方の冷たい風があたしの心をさらって消えた。




なにをめていたのかな




←BACK                                                 NEXT→