浮気をしました。







「ここね、」


 麻川さんがあたしの前に立った。あたしの心臓はいつもの100倍以上にも早く動いていた。 これまでにないほど、早く。頭の中でぐるぐると凄いスピードでなにかが動いて、頭が痛い。体が重い。 喉がひりひりして、喉の奥が乾いて引っ付く。やだ、呼吸できない――!
 隙間からみえるのは麻川さん1人。もう目の前だった。ごくり、と唾を飲み込む。 麻川さんがここね、と呟きながらクローゼットに手を掛けた。

 ――ああ、ぎゅっと目を瞑る。もう、駄目なんだ。
 必死に服に隠れようと最後の抵抗をして見るけれど、――……もう、


 駄目みたい……。


 目を瞑り、覚悟を決めていた。自分が悪いのだから、そう言い聞かせていたら なんだか心はひどく落ち着いて、あたしはゆっくり目を開いて、また閉じた。 頭は痛かったし、体はずっしりと重かったし、喉は痛いし、呼吸はしにくい。

 でも、あたしはなんだか宙に浮いた気分だった。ふわふわしている。
 この先のことなんかどうでもいい。なるようになれ。そうとも思った。 解放されたい。今までの罪を全て償えるなら、それもいいかな。懺悔の時間って言うのかな。 どうにでもして。できるのなら、先輩が、あなたができるのなら、どうにでもして、よ。
 でも、それでも、心は落ち着いていても、息は荒いし吸えないし脳に酸素が届いてないような気がした。 それならいっそ。こんな痛みを感じなきゃいけないならいっそ……。


 だけど、しばらくしてもクローゼットの中に光は差し込まなかった。ゆっくりと目を開ける。
 理解ができなかった。なんで開けられてないの? なんで開けないの? どういうこと? なにが起きたの? ねえ。 疑問符ばかりがあたしの脳内に現れた。眉を潜めて、睨むように隙間からリビングを見る。
 麻川さんが驚いた顔をしている。麻川さんの体に絡みついた腕。

 そして、麻川さんの後ろにいる先輩。先輩の腕だ。先輩が麻川さんを抱きしめている、抱きしめている。

 理解できない。さっきまで荒かった息も、もう収まっていた。 なにが起こったのか分からなかったから。ゆっくりと視線を動かす。

 麻川さんの、クローゼットを開けようとした手は先輩の手に強く、堅く、握られていた。
 それを見た瞬間に心臓がびくん、と動いた。また呼吸がしにくくなる。 頭の中はパニック状態で、なにを考えているのか自分でも分からなくて、 ただ、目の前にあったその光景が、信じられなくて、信じたくなくて。
 あたしの目の前で、あたしが好きな人が、あたしのクラスメイトを、抱いている。
 そんな光景に、目を背けたくて。だけど、目を背けることができなくて。




差し込むと明日の懺悔




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