アオの迷子。




 チャイムが鳴って向井さんはまた休み時間来る、とだけ残して帰って行った。 ヒカルは驚いた顔で振り向き、ぼくと目を合わせた。ぼくも驚いていたけど、 ヒカルは驚くというより呆れていて頭をかいて首を傾げていた。
 退屈な退屈な数学の授業が終わり、ヒカルがこっちに駆けて来る。

「どうしよう……」
「え、し、らないよ……」

 ヒカルはぼくの机にしがみつきながら頭をかいて、嫌そうに片目を瞑った。
「冗談だよな?」
「た、ぶん……」

 ぼくみたいな、恋愛未経験者(現在進行中だけど)が、ヒカルみたいな難しい恋に アドバイスなんてできっこない。はあ、と溜め息をついてヒカルは自分の席についた。 そしてヒカルが机に突っ伏して、数秒。

「宮崎くん」

 ドアのところから聞き慣れた声が聞こえてヒカルは顔を引きつらせた。 ヒカルは頭をひょこっと出して視線だけをきょろきょろ動かせる。 向井さんが笑ってヒカルを見て立っていた。みんなの視線が一気に向井さんに向かう。

「――もう時間無いから、だから帰るね。また放課後!」

 向井さんはその視線を全く気にせずにただヒカルを真っ直ぐに見て、言った。
「なにあれ」
「誰あれ?」
「吹奏楽部の子じゃん?」
 みんながざわつく。ヒカルが今にも怒鳴り散らしそうな顔をしているのがぼくの眼に映る。
 やばい、そう思った瞬間にいきなりヒカルが立ち上がり、 その衝撃で机と椅子が倒れ、がたん、という音が教室に響いた。教室が静まる。 ヒカルが乱暴にドアを開け、教室から出て行くのを目で追いかけるしかできない、そんな弱い自分がいて。

「お前なんなんだよ!」

 怒鳴り声が廊下から聞こえた。 緊張感だけが教室の中にぴりぴりと張り詰めていた。誰もなにも言わなかった。言えなかった。

「……なにって……?」
 弱々しい声で、ヒカルを見上げながらいうヤヨイ。

「とぼけんじゃねーよ、俺をそんなに困らせたいかよ。……うざいんだよ!  調子にのんのもいい加減にしろよ、迷惑なんだよ。さっさと帰れよ!」
 ヤヨイは、壁を蹴ったヒカルをただじっと見つめた。怖がるでもなく、おびえるでもなく、 ただじっと見つめた。




偽りを重ねれば、強く見えますか?




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