トイレで他の人からの視線をちょいちょい感じながらしっかり洗って帰る。ハンカチは恐れ多くて使えなかった。
「あ、れ……?」 青山さんがいない。辺りを見回すと木の下で誰かとケータイで電話していた。 傍まで駆け寄ろうと思ったら、 「忠久さん酷いな、女の子はそういうの傷つくんですよ」 そう笑ってる青山さんの声が聞こえた。忠久さん……? 誰だ、それ。 頭がぐちゃぐちゃになる。会話は弾んでいたようで、笑い声が耳に入る。 なんか楽しそうだし、明らかに友達とか、そういうんじゃなさそうで。 一気に胸が締め付けられる。胸が狭くなったみたいで想いがはち切れそうで。 青山さんがぼくを見つけてあ、というと焦るように話を終わらせてケータイを鞄に入れた。 「ごめんね、電話かかってきちゃって」 「いや、ううん……いいよ、いい」 頭の中が、謎の人物"忠久さん"でいっぱいになってぼくを困惑させる。 そんなぼくに声をかけてくる青山さんの優しさが痛かった。 「あっちで、バドミントンでもしようか」 「え、道具は?」 「借りれば良いよ、たぶん」 「……やり方、わかんないや、ごめん……」 うつむくぼくを、心配そうに見つめてくる青山さん。どうすればいいのか分かんない。 「今日ぼく帰るね、ごめん。ハンカチありがとう」 視線に耐え切れなくなって一方的にそういうと、ぼくは青山さんにハンカチを渡して走った。 自分の家まで全力疾走した。胸がどうしようもなく痛い。 青山さんには、青山さんには、下の名前で呼ぶ、いい感じの男の人が居るんだ! 涙が溢れそうになった。だけど、必死に我慢した。お兄ちゃんかもしれない、 ただの知り合いかもしれない、恋愛には発展してないかもしれない……。 息を切らして、ぼくは交差点でその場に座り込んだ。 ……だけど、だけどショックで、なにも考えられなくなったんだ。 PM6時。 「喉渇いた、なんかジュース……」 そういって、ヒカルは自分の部屋の冷蔵庫を見てもなんにもねえ……と溜め息をつくと、その場に座り込む。 向井、帰ったかな……怒ったかな、泣いたかな。さすがにもう帰っただろ、と考えるのをやめる。 1階の冷蔵庫にはジュースあるだろうけど、そこのもんを、あいつのもんを飲むのはなんか嫌だ。 そう思ったヒカルは小銭をポケットに入れて長い長い階段を下り、家を出た。 自販ねーかな……ぶらぶら歩いてるはずが、 いつの間にかヒカルはダブルデートの待ち合わせ場所の公園に来ていた。 手に入らない、手に入れたい。 ←BACK NEXT→ |