浮気をしました。




 ぱちっと目が覚める。新しい朝に、あたしは顔をにやけさせながらカーテンを開けた。 今日になった……。やっと、会える。先輩に、会える。
 先輩のことを考えるのはとても辛いけど、苦しいけど、でもやっぱり嬉しいんだ。
 7時30分、はかどららなかった宿題は放っといて、あたしは家を出た。

 教室に入った途端、早く学校終わってしまえと思う自分がいる。にやけてしまう自分がいる。
 あたしは席に座り鞄の中身を机に入れていく。

「絶対なんかあったでしょさくら」
 友達の有村莉子がにやにやしながら椅子の背もたれを前にして座り、聞いてくる。 その質問にあたしは目を丸くさせて、先輩を思い出して、また少し、笑う。

「ほらーなんかあったでしょー」
「無いって別にー ちょっと気分良いだけだし」
 嘘だあと莉子が笑って、爪を見る。莉子の爪はいつも綺麗にしてあって、きらきらと輝いている。 いつだったか、夢はネイルアーティストですかと聞いたらうるさいわね、と莉子はちょっと照れていた。
 爪から視線を上げた莉子は、あたしの後ろを見て右手を軽く上げた。

「あ、知佳おはよう」

 莉子がふと視線を向けた先。鼓動がゆらりと揺れた。あたしも振り向く。 麻川さんはにこり、としあわせそうな笑顔を見せてそこに立っていた。 莉子と麻川さんは友達だ。麻川さんは一緒にいた友達が先月――10月ごろに引っ越してしまったので、 最近はあたしと莉子と一緒にいることが多い。

「ねー知佳、なんかさくら嬉しそうなんだけど、なんだと思う?」
 にやにやしながら麻川さんに聞く莉子。 麻川さんは鞄を下ろして、莉子が座っている席の隣の誰かの椅子に座った。 そして、あたしをじっと見てくる。きっとそれは冗談だったんだろうけど、 あたしの胸はドキドキいいっぱなしだった。視線の行き場に困る。
 ……知っているんじゃないだろうか、知ってて知らないフリをしているんじゃないだろうか、 あたしと先輩の関係……。なんて、一瞬だけでも思ってしまう。


「恋だよ」


 麻川さんは笑って、いった。
「え……」
「普通女の子がにやにやしてるといえば恋だよ、」
「言い切るねー。恋なのさくら?」

 笑いながら莉子があたしに聞いてきて、あたしはえ? と苦笑いを浮かべていた。 麻川さんは鞄を自分の机に置いてから、あたしの方を見る。


 ……やだ、目、あった。

「……多分ね。よく分かんないけど……た、多分」

 麻川さんは最初は自信たっぷりだったのに、今度は曖昧に笑って誤魔化した。莉子は大きな声で笑う。

「なんでいきなり自信なくしてるんだよーっ」
「だって千葉さんが違ってたら悲しいじゃん」

 急いでフォローする麻川さん。こんな風に慌てるとこも、きっと、 こんな風に女の子らしい麻川さんの仕草とか行動とか言葉、全てが、先輩は好きなんだろう。
 ……いやだな。なんでこんなこと思っちゃってるんだろう。嫉妬、してるみたい……。


「え、っていうか本気でさくら恋なの?」
 莉子が身を乗り出して聞いてくる。

 恋……恋? あたしが、恋してる?……違う、あんなの恋じゃない。人を傷つけてるだけ。 あんなのを恋って呼んで麻川さんの素直な恋と一緒にしたらきっと、だめ。……絶対に、だめ。

「ち、違うよー。ただ、今日の朝ごはんがステーキで嬉しかっただけ」
 あたしは笑う。適当に作った話に、莉子は食い物かよーと呆れていた。

「ほら、だから違った時恥ずかしいじゃん……」

 小さい声でいい、口を尖らす麻川さん。あたしから見ても、可愛いと思う。 あたしも。……あたしもあと少し、もう少し可愛ければ。先輩の"彼女"になれてたかな。 なんて。考えてみるけれど、こんなのきっと失礼だよね。 麻川さんはなんにも悪くないんだから。麻川さんが先輩の"彼女"なんだから。ただ、言いたいのは。



なんで、あたしより早く先輩に出会ってしまったの? って、聞きたいだけ。




答えなてない、




←BACK                                                 NEXT→