浮気をしました。






 もうそろそろ家に着く。近くの公園に設置された時計を見ると17時半だった。 灰色のスカートをいじりながらとぼとぼと歩く。

「今日は遅かったな」
 聞き慣れたその声にはっと顔を上げる。光が公園のベンチに座り、ひょうひょうとした顔でこっちを見ていた。
 光――伊藤光はおさななじみだ。家は隣の隣で、家族ぐるみで仲良くしている。 光とは小学生の頃、よく遊んだ。あたしの家に光がやってきて晩御飯を食べたり、 光の家にあたしが行ってお泊まり会をすることもあった。この公園で縄跳びして遊んで、 あたしのほうがよくできてたから光がすねちゃったこともあった。

「家が近いからってストーカーしないでよ」
「ちげーよバカ」
 そういいながら光はちゃっかり、速足で歩くあたしにぴったり着いて来ている。そーじゃんか、なんて思いながら。

「じゃあ何で待ってたの」
 あたしが立ち止まって振り向くと、光は口を尖らせていた。
「家出された」
「また喧嘩したの? 光んちの母ちゃん強いもんねー」
笑いながらいう。ぶつぶつと光が愚痴をこぼしているけれど、なにをいっているかは聞き取れない。

「時間たって家帰ればほとぼり冷めるってゆーの? 家入れてくれるってゆーパターンなんだけど」
 光が溜め息をつく。高校3年生にもなって家を出されるってどうなんだろう。

「何時に家出されたの?」
「今さっき」
「じゃあまだ帰れないね。がんばー」
 適当に話を済ませて家への道を辿る。光の足音はもう聞こえなかった。

 ……先輩。手を息であたためて、手をこすりあわせる。 先輩。先輩にあたためてほしい。この手も、どうしようもない寂しさも……

 ――……いやだ。暇になるとすぐに先輩を思ってしまう。そんな毎日が、悲しい。
 この恋が実ることは無いって、分かっているのに。蹴飛ばした石ころがコンクリートに紛れる。
 どうしようもない息苦しさも、喜びに紛れてしまえば楽なのに……。

 鍵を差し込んで冷たいドアノブを引く。両親は働きに出かけている。ただいまと呟いた声が家に響いた。 自分の部屋に入る。体がだるくて、なにもやる気が出ない。

 なんとなくケータイを開く。ただ、なんとなく、特にやりたいことがあるわけでもなく。
 だけど、いつの間にか画面はアドレス帳の先輩の欄。 何度も何度も操作して、慣れた手が異様に切なく凍えていた。 メールをしたい。何度も思った。この不安な気持ちをあなたの言葉で隠して欲しかった。

 だけど、だめなんだ。あたしは彼女じゃないから。 今麻川さんとデートしていたら、先輩が怒られてしまう。浮気がばれてしまう。
 だからケータイは使っちゃ駄目。意味の無いアドレス帳。 それでも、何度もこのページを開いてしまうのはなんでだろう。 先輩とあたしを繋げるのには役が立たなさ過ぎるケータイをベッドに放る。

 溜め息が零れ落ちて、また頭に浮かぶのは同じ思い。――会いたい。会いたいよ、会いたいよ先輩…… 先輩を感じれるたった1つの、瞬間だから……。ベッドに寝転がって意味も無く天井へ手を伸ばす。

 早く会いたい。今すぐ会いたい。できれば、会いに来て欲しい……。
 そんなたった1パーセントにも及ばない可能性を思ってしまうあたしは、どうしようもなく馬鹿だ。


 もし、先輩が付き合おうなんて言わなかったら。もし、先輩に彼女がいるなんて知らなかったら。 こんなさみしい気持ちにならないですんだのに。
 なんであたし、こんなに先輩を好きなんだろう。ぼーっと考えてみる。 答えが出されないのは分かっていたけれど、先輩のこと以外考えたくなかった。 先輩のことだけ。ただ、先輩を好きなことだけ考えたくて。 それじゃないと、麻川さんを思ってしまうと、目に溜まった涙が溢れてしまうから。




たのための気持ち、あなたのための…




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