浮気をしました。




「ありがとうぐらいいえねーのかこのクソ女」

 光はこっちを睨んで言った。もちろんあたしは怒り、光の方を思いっきり睨んだ。 感動しそうになった自分にも腹が立った。この野郎。

「クソ女って何よ」
「感謝の言葉ぐらい言えないのかって言う意味ですけど」

 光は唇を尖らせて言った。首に掛けられたマフラーが、冷たい風になびいていた。 あたしは何度か地面と光を目で行ったり来たりする。光はずっとこっちを見つめていた。

「……んがと、」
「聞こえませんよー」
 光が嫌みったらしく笑った。なにこいつ。なんなのこいつ。何様よ。 いきなりマフラーかけてきたりしてさ、意味分かんない。ほんと意味分かんない。

「ありがと」
「……よく言えました、」光はにっこり笑った。

「このマフラー、誰の?」
「拾い物」
「え」
「ウソ。母ちゃんが買ってきたけど、要らないから」

 そう言って光は、鞄を掛け直して家に帰った。後姿が見えなくなるまで、あたしはブランコを漕いだ。
"お前に提供してやろうと""要らないから" 光の優しい言葉だけが頭の中に浮かんだ。悴んだ手をポケットに入れて、あたしは家まで帰った。


 ――ケータイを見ると、先輩からメールが届いていた。 ケータイは使っちゃだめって、言ったのは先輩の方なのに……。 この頃、その約束、何度も破ってる気がして。でも、なんだろう。ちょっとだけ、嬉しい。
 "件名無し"にやけていた顔が少しだけ落ち着く。


 "今日は家来ないで。返信不可"時間は12時ごろだった。なんで期待したんだ、と溜め息をつく。 電源を切って、ポケットに手と一緒に突っ込む。家、行かないでよかった。タイミングいいなあ。 もし行って変なところでも見れば、そっちの方が悲しいし。下唇を軽く噛んで、もう1度だけ、溜め息をついた。




このぬくもりは、のぬくもり?




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