「ヒカルー、向井さんって子、呼んでるけど」 クラスメイトの言葉にヒカルが顔をひきつらせ、急ぎ足で向井さんのところに行く。 向井さんらしき女の子は教室のドアのところで、目をきらきらさせて待っていた。 確かに童顔だ。大きいぱっちりな目、ふっくらほっぺとふわふわショートヘア。 あれが噂の向井さんか。シュンが小さくいった。 「……んだよ」 「クッキー焼いてきたんです」 「は!?」 ぼくとシュンは聞こえてきた会話に驚いて思わず大声を出す。 そして2人で顔を見合せて同時に口に人差し指をやって、同時に頷いた。 「付き合ってくれるって言ったじゃないですか、お近づきの1歩て事で」 はい、と向井さんがヒカルに可愛い袋に入れられたクッキーを手渡す。 ヒカルは思い切り顔を引きつらせるけど、向井さんは凄い笑顔だ。 付き合ってくれるって言った? ヒカルが? あのヒカルが? 嘘だ、まさか。 「ねえシュン、ヒカル……あの子と、付き合うの?」 「断ってねえ……のか?」 ぼくとシュンはひそひそいって、顔を見合わせる。 「さあ……」 けっきょく朝休みヒカルは向井さんとどこか行ったらしく (どこかに連れ去られたのか、それともどこかに連れ去ったのか)、すぐには帰って来なかった。 授業のチャイムが鳴った直後にヒカルは帰って来た。ヒカルは溜め息をついて、机にすぐに突っ伏した。 ぼくとシュンは驚いた顔で目を合わせた。そして1時限目が終わり、ぼくとシュンはヒカルの方へ駆け寄る。 「どしたのヒカル!」 「最悪だ……」 ヒカルが呟いた。まるで覇気が無い。 「なんで?」 「付き合う事になっちまった、あの向井ってやつと」 「断りゃいいじゃん」 シュンがいうと、ヒカルが伏せていた顔をひょこっと出して、溜め息をついた。 「……向井、すげー本気なんだよ、馬鹿みたいに……。昨日、濁して断ったんだよ。 そしたらそれがOKだと思ったらしくて。んで向井勝手に付き合ってるって思ったのか超嬉しそうなの。 断ったんだよっていう暇も無く話を進められて。っつーか、絶対断ったら泣くよ……」 めんどくさい、そうヒカルはため息をついてまた突っ伏した。 傷付けたくないんだろうな。向井さんの事。ぼくはかける言葉が見つからなくてただヒカルを見ていた。 「泣いても良いじゃん。別に」 「馬鹿、シュン鈍感すぎ」 シュンは恋についてはぼくより上なはずなのに、馬鹿というか鈍感というか 空気読めないというか……。ぼくだってそれくらい分かる。 けっきょくそこでチャイムが鳴り、ヒカルの相談はそれ以降一切無かった。 「ばいばーい」 今日も退屈な退屈な授業が終わり、部活も無いぼくらは家に帰る。 ……はずだったけれど、まだなにか疲れてるヒカルを見て、ぼくはつい喋っていた。 「ねえシュン、ヒカル、今日遊ぼー」 「いいけど、何処行く?」 「海!」 やさしいのは俺じゃない。怖いんだ、ただ。 ←BACK NEXT→ |