浮気をしました。




 麻川さんの声はしっかりとしていた。怒鳴っていなかったけれど、強い意志が伝わってきた。
 ずきん、と胸が痛くなる。息が苦しくなるような痛みだった。 ごめんなさい……あたしはぎゅっと目を瞑り、精一杯麻川さんに伝えようとした。

「浮気してるならもっと隠せって話だよね。……全然隠さないで堂々としてた。 まるで、あたしの方が浮気相手みたいに……」

 麻川さんの声は震えていた。泣いてる そんな気がした。あたしが泣かせてしまっている。
 あたしが傷つかせてる。どうしようもないぐらいに居た堪れなさがあたしの中でうずめく。

「……堂々と、流の家の前で抱き合ってて……」

 どくん。そんなところまで、見たの? もしかして、バレてる?  どくんどくんと鼓動が早くなっていく。生唾を飲む。麻川さんの嗚咽が聞こえた。
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。麻川さんは泣いていたけれど、話を続けた。

「抱き合ってて……」


 もう話さないで。そんな泣きながら、切なそうに話さないで。
 いつも笑っている麻川さんが泣いてる理由を作り出したあたしは、何度謝ったってきっと許されない。


「顔は、……顔は、見たの? どんな女だったとか……」
 臆病に聞いてみる。麻川さんは涙を拭って、話した。

「分かんないの」

 少しだけほっとした自分がいた。いや、分かっていたのかもしれない。 あたしから謝るのを待っていたのかもしれない。それでもほっとしていた。

「後姿だったから……それに、動揺してて。流の顔だけずっと見てて、女の方見るの、忘れてて」

 安心した顔が見られていないか気になった。こんなにも麻川さんは傷ついているのに。 こんなにも麻川さんは泣いているのに。あたしはなんで安心しているんだろう。

「……はは、馬鹿みたいだよねーほんと……」
 麻川さんの作り笑いが切なかった。
「髪の毛は、お団子だったんだけど……」


 ――あのキスした日に、見られたんだ。先輩がおかしかった日に。

「ど、どうするの……?」
 麻川さんが1番不安だと思うのに、あたしは聞いてしまった。麻川さんの声がようやく鼻声じゃなくなる。

「先輩には言わない。きっとあの人のことだから、甘い言葉言ってそれで終わり。いつもそうやって誤魔化すし」
 麻川さんが首を傾げて笑う。その言葉1つ1つに否定ができなくて。 これが麻川さんの、"本音"。いつも目を逸らしていた麻川さんの気持ち。

「だから。……あっちから言ってくれるために。やめてくれるために。……まだ、言わない事にした」




わないで。あの人を、しあわせを、あたしを。




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