浮気をしました。




 答えれるわけ無い。先輩を、怖いと思ってしまったなんて。先輩はあたしの腕をまだ掴んだままだ。 さっきまでの自分が信じられなくて、ごめんなさい、と呟くことしか出来なかった。

「もしかして、もう僕と会うの嫌になった?」

 先輩が優しい口調で問いかけてくる。あたしはその言葉に顔を上げて、大きくぶんぶんと首を横に振った。 目が合う。先輩はそっか、と優しく笑ってあたしの頭を撫でた。

「良かった」

 胸がきゅっと狭くなる。変なの……。
 昨日あんなに冷たくしてきたくせに、今日は昨日と別人みたいに優しくしてくる。 だから、諦められないんだよ。ねえわかってよ、先輩。 先輩がやさしくするたびに、期待してしまうから。だから、やさしく、しないで。 ひどい言葉で突き放してよ。
 急に抱きしめられる。それはあまりに突然のことで、あたしは驚きを隠せなかった。 目をつむると、麻川さんの笑顔が頭からすうっと消えてゆく。おぼれてゆく。やさしさに、せんぱいに。
 先輩ここ、外……ですよ。凄く小さな声で呟く。きっと、あたしにも聞こえなかった。


「さくらが好き。だからもう、帰ろうなんて考えるなよ」

 ころころ変わるあなたの口調も、ころころ変わるあなたの表情も、全て愛してるから。
 こんなにも愛してるから。一瞬の隙で涙が零れないぐらい、あたしをあなたでいっぱいにしてほしい。 一瞬の隙で傷つかないぐらい、あたしをあなたで埋めてほしい。
 だからできれば、……あなたもあたしのことをたくさんたくさん考えていてほしい。

「不安だった?」

 先輩の優しい言葉に、ついついあたしは甘えて頷いてしまう。先輩はそっか、と呟いた。



「彼女にして欲しい?」



 あたしはびっくりしてとっさに顔を上げた。あまりに突然のことだったから、きっと凄く間抜けな顔だ。 先輩はイタズラにくすっと笑った。あたしは顔を真っ赤にして、またうつむいた。……騙された。

「どうせさせてくれないくせに、そんな簡単に言わないで下さい」
「ははっ、確かにな」

 あたしがすねたようにいうと先輩は笑った。ちょっと期待してしまう。 先輩の一言一言に反応してしまう。冗談なのに。そう思うとなんだか悔しくなった。
 そんなことが簡単に冗談でいえる先輩と、全てを本当に受け止めるあたし。
 いつも騙されてばかり。あたしの気持ちだけ膨らんでいってる。 そして先輩はあたしの気持ちをつん、と弾いて破裂させる。 一方通行な気がして、あたしは寂しくなる。ぜんぶけっきょく空回りなんじゃないか。

「……それに、どうせ彼女になったって、きっと先輩はあたしに本気になってくれませんよ」

 あたしは愚痴を零す。やだな、嫉妬してる女って。

「あはは、意外に毒舌なんだね」
 先輩は笑った。そして頭をもう1度くしゃくしゃと撫でて、離れていった。




でも、期させないで




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