先輩は有無を言わせない口調で言い切った。笑ってこっちを見てくる。 綺麗な透き通った目の奥には、なにが隠されているのだろう。 やばいな。鼻がつうん、となるあの感覚が来る。分かってたはずなのに、彼女じゃないって。 あたしは所詮、浮気相手なんだって。よくドラマに出てくる、"悪者"なんだって。 なのに、なんであたし今、泣きそうなんだろう。 こんなところ見たら先輩も嫌になるに決まってるから一生懸命我慢しようって下唇を噛む。 「困るんだよ。僕の彼女はあくまで、知佳だから」 凍りきった時間の中に窒息で死んでいきそう。先輩の言葉がさらにあたしの胸を痛める。 胸に突き刺さって、消えない。あたしはうつむいたまま顔を上げれなかった。 先輩の顔を見たらきっと目に溜まった涙が溢れてしまう。泣いてるのが、バレてしまう。 そんな沈黙の中に、5時を告げる音楽が鳴った。あたしは唇を噛んで、玄関に放った鞄を持つ。 「……ごめんなさい」 これ以上無いぐらいに震えていた。か細い声は、すぐに空気に溶けていった。 先輩の家から出たのに、怖くて、振り向く勇気が無かった。 いつものように、あたしが出て行ったすぐ後に聞こえてきた鍵を閉める音。 いつもより冷たく感じれたその音に、あたしは泣くことしかできなかった。 「先輩……先輩、たし……あたし……それぐらい、……分かってるんです……」 そう呟いて、ただ、泣いていた。 いつもは先輩の声が頭の中でずっと響いてる家への帰り道も、鼻をすする音ばかりが響いた。 情けない。こんな自分が。みっともない。こんな弱い自分が。こんな臆病な自分が。 "それ以上僕の中に入ってこようとするのやめてよ" 先輩。あたし、先輩に話すこといっぱい考えてきたんです。 食堂で食べたお昼ごはんのこと、新しくできたショッピングセンターのこと、クラスメイトのこと。 でも、先輩は、どうでもいいですよね。だってただの、"遊び"だから……。 「今日、早いね」 いつもみたいに公園のベンチに座って声をかけてくる光の言葉を無視して、あたしは歩いた。 今はそんな気分じゃなかった。1人にしてほしかった。 真っ赤な目も見られたくない、鼻声も聞かれたくない。恥ずかしい。ひとりにして。 「あれ、不機嫌じゃん」 光があたしについて来てるのが分かった。光の足音があたしの神経をただただ逆撫でする。 「おいさく」 「もうどうでもいいでしょ!」 あたしは立ち止まり、光の言葉を遮って怒鳴りつける。爆発したようなあたしの言葉に、光が黙る。 「……あんたには関係ない、」 また涙が出てきそうになる。あの先輩の言葉、表情、全てが胸に突き刺さっていた。 分かっていた事だった。だからこそ、言わないでほしかった。 先輩を困らせてしまった。ただの遊びなのに、本気になって、空回りして、 先輩に迷惑をかけてしまった。罪悪感で胸がいっぱいになる。 「ごめん、」 光の小さな声にあたしははっとして顔を上げる。 光を見ると、光は寂しそうに下を向いていて、いつもの明るい瞳は暗かった。 謝らないでよ。心の中でそう呟いて、あたしは足早に公園を出た。 ごめんね、(あたし、なにやってんだろ) ←BACK NEXT→ |