アオの迷子。




 柔らかいふわふわのスポンジが口の中にすうっと溶け込んで、甘い。

「おいしい……」

 思わず口に出ていた。手作りのケーキなんて、初めて食べる。 シュンとかはなんの努力もせずにひょいひょいとこういうの貰った事があるんだろうけど、ぼくは初めてで、 それが青山さんで……。ああ、言葉にできないもの、しあわせ、よろこび、うれしさが込み上げてくる。

「ほんと?」
「うん、おいしすぎる」
「ふふ、ほんと?」
 青山さんが嬉しそうに話すので、ぼくも頬が緩んだ。大きく頷く。
「良かった!」
 そういって青山さんはにっこりと笑った。可愛いな……。

「ねえこれって、男の子って喜ぶ?」
「全然喜ぶ。喜ばない人居たら変」
「……褒め言葉、上手なんですね」
「ほんとだよ?」

 ムキになるようにいうと、青山さんはまた笑った。よかった、喜んでくれてる。

「ありがとうございます!」
 雰囲気良くない? これ、! なんてぼくは1人興奮しながらぺろっと食べ終わった。 ああしまった、もっとゆっくり食べたらもっとたくさんお話できたのに。 でも長時間ここに居座って両親が帰って来てあーだこーだなっても困るしな。
「ほんとおいしかった! ごちそうさまでした!」
「ありがとうございます」

 立ち上がって、ぺこりと青山さんはお辞儀する。 ぼくはこちらこそありがとうございました、といって立ち上がる。 食器を片づけようとすると青山さんに止められて、首を傾げるといいよ、と青山さんは笑った。 食器を片づける青山さんの横顔にぼくはまたうっとりしていた。 そうして食器も片付け終わり、ぼくは荷物を肩にかけた。

「あ、待って…………下さい、」

 玄関に行こうとしたぼくを呼び止める声に振り向く。 ん? と首を傾げると青山さんはうつむき加減で言った。


「あ、の。こ。これからも、会ってくれません、か……?」


 弱弱しく、不安そうで、語尾が聞こえないぐらい小さい声。その言葉にぼくは 胸を打たれて、それはそれは胸の奥が痛くなって、体中が震えた。 沈黙、。ほんとは少ししか経ってなかったけど、いっぱい時間が経った気がして。 ああもう時間なんか知らないや。だけど確かに青山さんは。

「はい」

 それだけしか言えなかった。緊張しすぎて、口が渇いて舌がひっついてうまく言葉が出ない。  でもそういうと青山さんはにっこり笑って、ありがとう、と小さく呟いた。

「じゃあ、メアド、送るんで赤外線」
「あ、はい!」

 慌ててケータイを出して、青山さんに渡すとあっという間に青山さんはメアドを登録させていた。  玄関で手を振り、家から出て行く。心地良い風が吹いてた。空は晴れ。

「なんていい日なんだ……」




空は晴れ。きっと、ずっと、このままで。




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