アオの迷子。




その次の日。
「あ、青山……、さん」
「あ、こんにちは」

 髪の毛をいつもより丁寧にセットしてたら(1時間は鏡とにらめっこしていた) 出発予定時刻を10分オーバーしていて、慌てながら鞄に物を詰めて 急いで来たはずなのに、そこ……公園にはもう青山さんがいた。時計を見るとまだ11時30分。
 ぼくが時計から青山さんの方に目を向けると、青山さんは恥ずかしそうに目を逸らした。
 こ、これは、もしかして……?  ぱにくって自意識過剰になりながら、ぼくはそんな気持ちを隠すために 慌てて鞄からキーホルダーを取り出した。青山さんの顔がぱっと明るくなり、それを手渡す。

「うわあ! ありがとうございます」

 高い声で良かったと笑い、キーホルダーをじっと眺める青山さんの横顔はとてもかわいくて。

「あの、そういえば、なんて名前なんですか?」
「ぼく、ですか?」
「はい、」
「井上、ハルキです」
「井上くん……」

 なんだか名前を呼ばれるのが妙に恥ずかしくって、って思ってたらなんでか青山さんも顔が赤くなった。


「そうだ、お礼といっちゃあれなんですけど、わたしの家、来ません?」


 足が震えて、仕方ない。青山さんの綺麗な家に、今ぼくは、入ろうとしている。
 今両親いないんです、と無邪気に笑った青山さんの家は意外に遠くなくて、今時! って感じで、 薄ピンクの色をした屋根、庭には綺麗な色とりどりの名前も分からないような花 (ちなみにぼくが分かるのはチューリップと朝顔とクローバー……あれ、 クローバーって花? 草? 雑草?)がたくさん植えてあった。
 ほんとに入って良いのだろうか。そんなことを思いながら、青山さんが鍵を開けるのを見つめていた。

「どうぞ」
「あ……はい、」

 青山さんがドアをぼくのために、ぼくのために開けているのでぼくは家の中に入る。 入ったとたんにいい香りがしてくる。その正体は玄関に置いてあるでっかい花だった。 リースがいっぱい飾られた玄関に靴を(いつもはやらないけど)綺麗に並べて置いた。

「汚くてごめんなさい、」
「い、全然ですよ!」

 落ち着いた家だ、そう思った。名前の知らない観葉植物、黒いピアノ、大きなテレビ、白のカーペット、 大きな水槽を泳ぐ熱帯魚、薄ピンクのカーテン、埃1つ見つからないフローリング。
青山さんの家族はみんな優しいんだろうな、なんて想像してみる。 お母さんと一緒に花の世話をする青山さん、お父さんと一緒にテレビを見る青山さん。 想像すれば想像するほどに胸がほっこり、と暖かくなる。

「妹、いるんです」
 青山さんはそういって放られたランドセルを隅に寄せた。……妹とショッピングに行く青山さん。 想像すればするほどに(略)。
「ぼくは、姉、います」
 つい口から出てしまった言葉に、青山さんはくすりと笑った。

「あ、じゃあ、そこらへんに」

 そういわれておどおどしながら座布団の上に正座する。 と、青山さんが冷蔵庫からなにかを出した、と思ったら銀紙に包まれた物体を持ってきた。 それから丁寧に銀紙をはがし、お皿に出す。フルーツケーキだ。

「一応作ったんですけど、これ」
 びっくりした。きっと、やっぱり、いや絶対家庭的なんだ。お母さんの ご飯の手伝いをしてお母さんが味見をして、"上出来上出来"とかいったりして。 ああ家庭科クラブとかにいそうだな、料理も洗濯も掃除も出来そう、なんて妄想を膨らませる。

「いいんですか、これ」
「はい……井上くん、が、初めて食べるんですけど」
「ほんと!?」

 やっぱりぼくは、彼女にとって特別なのかな……! なんて、ね……。

「口に合えばいいんですけど」
「いただきます、」
 用意されたフォークで一口食べる。




小さな夢が、大きな期待に変わる時


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