アオの迷子。




「いやだってそもそもね、キャップ被って年中半ズボンとTシャツ……って そりゃわかんねーだろ、髪の毛も短かったし」
「それにしても最悪だったねきみたちは」
「ごめんごめん」
 アユがわらいながら立ち上がる。ぼくとシュンもわらいながら見送りのために立ち上がった。 5時を告げる音楽が鳴り、それから静かになる。

「……戻りたいな」
 アユが呟く。

「……あたし。あの日、この街になんてもう戻ってきたくないって思ってた。 あの日の空気も、景色も、においも、……あたしぜんぶ覚えてる。すっごく鮮明に記憶に残っててさ、 忘れようって思ってもなかなか忘れられなくて。この街なんて大嫌いだって、あたし。 そう思ってたけど、いざ、あっちの街行って、1人になったら。……あたし何も出来なかった。……何も」

 あの時の記憶がぼくの頭の中を支配する。いいあらわせられない胸の苦しさが押し寄せてくる。 あの日は……あの日は、そうだ。アユが……

「思えば。冷え切った視線で見てくる人たちばっかの中で、3人はさ。3人だけは暖かい目しててさ。 あたしに駆け寄ってきてくれて。やっぱ1人じゃあたし何もできない、ただの臆病者で……だけど。 だから。……あの日の3人の優しさ、あたし絶対忘れないって思った。だって、あたし3人が。 3人と一緒にいる時間が、空間が、……大好きだったから……」

 アユがドアを開けた。窓から差し込む夕日がぼくたち3人を照らしていた。


「あたし、この街で大人になりたかったな。……4人で、」


 うらやましいや、はるきたちが。
 アユは寂しそうにそういうとぼくの部屋を出て階段をゆっくり下りていく。ぼくもシュンもなにもいえなかった。 ずしん、と胸に重いものがのしかかってきて、正しい呼吸のしかたを一瞬忘れそうになった。、 ヒカルがこれを聞いたらなにを思うんだろう。

「あ、ねえ、っていうかさ。ヒカルってもしかして、体調悪い?」
 ぼくとシュンは顔を見合わせ、同時にちいさく首を横に振る。そっか、と寂しそうにアユがいった。 あの日からヒカルの時間は止まったままで、いまさら振り返っていい思い出だったねなんていえないんだ、ヒカルは。 そしてきっとそれは、シュンも同じで。だけど、シュンのことは、ヒカルは知らないから。 だからヒカルは、あんなふうにわかりやすくアユを避けれるんだ。すべては誰のせいでもなかったのに。

「あ、じゃあ。ごめんねいきなり来ちゃって。ありがとね、2人とも。……あ、ヒカルにも……、 うん、頑張れって言っといて。じゃあね、また」

 アユはそれだけいって寂しい背中を向けて、帰って行った。ぼくとシュンはアユに手を振っていたけれど、 ドアの閉まる音を聞くとゆっくり手を止めてうつむいた。溜息をつく。
"やっぱ1人じゃあたし何もできない、ただの臆病者で""あの日の3人の優しさ、あたし絶対忘れないって思った" "あたし、この街で大人になりたかったな"

「ヒカル、アユ帰ったよ」
「……うん」




この街で大人になりたかったな


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