アオの迷子。






 そうやって、下を向いて歩いてたら。


「きゃあっ!」


 女の子の高い声が聞こえて、気づいたらその子とぶつかってて (いや、たぶんその子とぶつかって女の子の高い声が聞こえたんだと思う)、交差点の真ん中でハデに転んだ。

「いっ、つつ……」
「だ、大丈夫ですか! あ、あっ、の、ごめんなさい、わたし……お、お怪我ないでしょうか!」
 女の子は慌てながら立ち上がり、それからたぶん意味もなくおろおろ周りを歩いて、また謝った。

「うん、大丈夫。それよりこれ」
 そういって、女の子が落とした鞄の中身を手に取った。 白い綺麗なイヤホンとディズニーのキャラクターの(名前は思いだせない、きっとシュンだったら すぐに名前をいいあてて全然可愛くねーじゃんとかそーいうのいって、女子が怒ったりするんだろう…… もちろん喜びながら)赤色をしたポーチ。女の子らしい鞄の中身だった。

「あっ、ありがとうございます、ごめんなさい」

 女の子はあたふたとコンクリートに落ちた物をかき集め、鞄に入れる。
 ぼくの高校とちがう制服はとても新鮮で、チェックの短いスカートが鮮やかだった。 真っ赤な眼鏡をかけて、横でさらさらの長い髪を二つくくりにして、大きなぱっちりした目をして、 長いまつ毛をひらひらさせて、少女漫画から出てきたみたいな可愛い子で。そりゃもう、可愛くて。 ぼくは数秒その子に見とれていた。すべての時が止まっていた。

「あの」その声で、はっと我に返る。

「ありがとうございました」
 その子は丁寧にお辞儀して、それからにこっ、とこっちを見てわらった。 理由もないのになんだか恥ずかしくなった。胸がきゅうっと締め付けられて、 ぼくはなんだかうずうずしてたまらなくなった。

「じゃあ、さようなら」
 ぼくの帰る方向とは違う方向に行く彼女の背中を、ぼくはしばらくぼーっと見てた。 彼女の姿が消えると、ぼくはやっと地面に落ちていたキーホルダーに気がつく。

「なんだこれ」
「あれ、どしたの」
 その声に振り向くと、ヒカルがいた。
「ヒカル、もう帰って来たんだ……」
「あ、うん」
「……そ、か」

 向井さんって子、どうだったんだろ。やっぱり断っちゃったのかなあ……。 ぜんぜん知らない子だけど、なんか悲しいな。と思いつつも臆病でチキンでへこったれなぼくは そんなこといっさい聞けなくて、先に口を開いたのはヒカルだった。

「あれ、それって青山のじゃねえ?」
 ヒカルがぼくの持っている、キーホルダーを指さす。青山? と聞き返すぼく。

「ああ、青山。真っ赤な眼鏡かけてて、二つくくりで……」
「ああ!」
 ぼくの頭にずどん、と大きな雷が落ちた。ぼくが叫ぶとヒカルはびっくりして、
「知ってんの?」
「さっき、さっき会った!」
 あまりの興奮に目が大きくなるぼくを、ヒカルは軽く鼻でわらった。

「恋したな、お前。青山に」
「なっ!」
 血が逆流してきたみたいになって、一気に顔が熱を帯びる。否定はしない。
「これ青山のだよ。渡せば?」
「え!」
 渡す……もういちど会える。これは、チャンスだ。完全にヒカルに遊ばれているような 気がしたけど、まあいいかと思った。青山さんのためなら。青山さんに会えるなら。 なんて自分でもわらえるような台詞を思い浮かべる。

「渡します、わ、たします!」
「ん、じゃあケー番」
「なんでヒカル知ってるの?」

 ちょっと怒りを含めたような声でいうと、またヒカルは見下したようにわらった。
「塾やってて、それの知り合いでなんか、ね。まあハルキみたいに女子と全然 付き合い無いわけじゃないからねー」
 そう軽く流して(また馬鹿にされた気がする。たしかにぼくは女子とは全然喋らないけどさ!) ヒカルはケータイを取りだし、ぼくのケータイに送ってくれた。 まあとりあえずは青山さんのケータイ番号を貰ったのだ。ぼくは満面の笑みでヒカルに別れを告げた。




こうして、ぼくたちの青の中を歩き始める、季節が来た。


←BACK                                                 NEXT→