アオの迷子。




「あれ、なんじゃこりゃ」
「え? なにが?」

 放課後。ヒカルが、いきなり靴箱で止まった。 ヒカルは、自分の靴箱からピンクの可愛らしい封筒をとりだして、それを見る。ぼくとシュンもそれを覗きこむ。

「あ、ラブレターだねヒカルくん」
 シュンがひゅーひゅー、といってヒカルを肘で押す。
「うるせーな馬鹿、ちげーよこんなの」
 ヒカルが封筒を捨てようとしたからとっさにぼくはだめだよ、といって 封筒をヒカルに握らせた。ヒカルがぼくの目を見て数秒後、面倒くさそうにしてしゃーねーな、と呟いた。

「なんて書いてあるの?」
「え? あん、ちょっと待った……」
 ヒカルが器用な細長い指(シュンの指は太くて男らしい、ちなみにぼくの指はちっちゃくて、 よく女子に可愛いっていわれるけどぜんぜん嬉しくない、だからやめてほしいんだけどやめてくれない、 これは一種のいじめだと思うって真顔でヒカルに相談したらわらわれた)で封筒を開ける。

"宮崎ヒカルさま こんにちは、向井ヤヨイっていいます、 今日の放課後時間があれば裏庭のくすのきの下に来て下さい いいたい事があります、ずっと待ってます"
 可愛い字で、でもどこかよわよわしい字で、簡潔に書いてあった。

「向井、さん? ……シュン知ってる?」
「しらねー」
「下の学年のやつ」
 ヒカルがぼそっという。
「どんな子? 可愛い?」
「んー……童顔で、ガキって感じ。あんまりタイプじゃない」
 そのヒカルのあっさりした言葉を聞いて、ぼくはおどおどしながら聞く。

「じゃ、じゃあ断っちゃうの?」
 ヒカルはすこしだけ悩んで、「多分ね」
「そっか……」
「なんでハルキが落ち込むんだよ。っつーか、じゃあ行くわ俺。先帰っといて」

 そういってぼくとシュンに手を振って、ヒカルは裏庭に駆けて行った。
 ヒカルは、いつもぼくたちのリーダーだった。行動力も責任力も統率力もあって、 悩みや相談だってやさしく聞いてくれた。けど、ヒカルの悩みや相談は、1回も聞いたことがない。 と、思う。溜息をついていたからどうしたのって聞いたらあいまいにわらって流したりする。 万引きだとかさぼりだとかそーいうくだらないような悪いことをしようと企むのもヒカルだったんだけど、 それもリーダーの役目だ。と、思う。
 頭良くて、やさしくて、かっこよくて、歌手になるっていう夢だってちゃんとあって。 この世界の中でいちばんかっこよくていちばん頼りになる男だ。ちなみに夢を細かくいうと、バンド。 もっと細かくいうと、バンドグループをぼくたちと結成したいらしい (ちなみにぼくは楽器なんて弾けないし、歌だって歌えば"本の音読してるの?"といわれるほどだ)。 カラオケでは、ヒカルの大好きなバンドの曲を3人で大合唱して始まり、何曲か歌って最後はその曲で終わる。

 だけどヒカルのお父さんがなんかの(えっと……確か、えっと。なんだったかな、 思いだせないけどとにかく)社長さんで、金持ちで、いわゆるぼっちゃんで、 1人の弟をもつ長男のヒカルはそれを継げといわれている(絶対やだって否定してるけど)。

「じゃあ先帰ろっか、」
「あーごめん、俺今日、彼女」

 シュンは顔の前で手を合わせて、外で木にもたれて待っている笹川さんを顎で指した。
 笹川さんの長くて綺麗な髪の毛が、風に揺られている。 遠くからでも分かるぐらいのきれいな雰囲気に圧倒されながら、 鼻筋の通った綺麗な顔を見ていたらシュンはごめん、と彼女のほうに行った。 シュンの走る背中を見て、すこしだけ胸が痛くなった。 ぼくは靴に入った石ころを落としてから、とぼとぼと歩きだす。 しばらくしてシュンが彼女と一緒にわらう声が後ろから聞こえてきて、それから避けるようにしてぼくは走った。

 しばらくしてぼくは走るのを止めて、ゆっくり歩く。

 足を引きずるように、石を転がしながら歩いた。石は音をたてて溝に落ちてゆく。 静かな中に響く石の音はなんだかとってもせつなくて、あっけなくて、さみしかった。


 恋愛、か。もう3人でずっといたいなんて、"ばかみたいな願い"なのかな。

 ……そろそろ本気で将来のことも考えなくちゃだし、このままじゃいけない。 配られた進路調査表を、いつまで白紙で出してもなにもいわれないかなんて馬鹿みたいなゲームも やってる場合じゃないってわかっている。楽しいことばっかじゃないし、 わらって馬鹿ばっかやって過ごしていけるのも、たぶん、もうすぐ終わりなんだ。 そう思うと異様にさみしくなって、灰色の空と、静かな世界をちょっとだけうらんだ。




今しかえない、なんてただのわがまま?


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