ヤヨイが呟いた、もう1つの言葉。
「……あたしのずっとずっと大好きだった宮崎くんを取り戻せますように、」 ヤヨイの1つ1つの言葉はヒカルにとって大きすぎて、すべてが胸に刺さってしまったんだ。 そしてヒカルの頭を支配するのはその言葉だった。分かったフリばかりは嫌いだ。分かったような顔をして あなたはこうだって決めつけられるのとか、そういう自分を縛るものが、言葉が、嫌いだった。 だけど、ヤヨイの言葉はそんなどろどろした言葉じゃなくて。だからこそ。だからこそ、 ヒカルは広すぎるベッドの上で頭をむしゃくしゃにかく。それでも苛立ちはおさまらなかった。 その苛立ちはヤヨイに対してではなくて、こんな臆病な自分にだって分かっている。 シュンにいつか言われた"お前はなにもできねー弱虫なんだよ"その言葉に否定できない自分にだって分かっている。 「ヒカルちょっと来なさい」 下の階から父の声が聞こえたが、ヒカルはしばらく無視していた。聞こえないフリを通そうと、枕に顔を押しつけて寝る。 しばらく何度も自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、どうしようもなくイラついたヒカルは枕を壁に投げて、 目を何秒かぎゅっと瞑った。そして起き上がり、父の元へ駆けた。 「座れ」 ヒカルはソファーに腰掛ける。 父のイラついた表情にヒカルは嫌な予感をさせていた。嫌な予感は当たるものだった。 沈黙が何秒か続いて、ヒカルは何メートルも離れて座った父を睨む。わざとらしい貧乏ゆすりを見せつけた。 「お前、本当に継ぐ気無いのか」 「……馬鹿じゃんそんな質問」 「答えろ」 嫌な空気が、大きすぎる、寒すぎるリビングに流れた。 「だって俺、歌手になるし」 ヒカルはそう言ってうつむく。目を合わす気はなかった。続ける貧乏ゆすり。 「……あんなやつらと。あんなチャラチャラしたやつらと付き合うんじゃない」 「は……なんだよあんなって。誰だよあんなって――」 ヒカルはとうとう我慢が出来なくなって立ち上がり、父に怒鳴りつける。父は座ったままヒカルを見上げ、睨む。 「決まってるじゃないか。田中とか井上とか、そういうやつらと付き合ったせいで お前は俺の長男としての責任を忘れてしまい――」 「そういうやつとかいうなよ!」 ヒカルが父のすぐ傍に来て、父を見下ろす。今にも殴りかかりそうな形相だった。 それでも動かない父に苛立ちが抑え切れなかった。その余裕綽々な態度が、いつもいつも。うざってーんだよ。 拳に力を入れる。爪が掌に食い込む。 「とにかく、あんなやつらとは今後一切付き合うな」 無理だよ。ヒカルは小さく鼻で笑ってそう呟いた。すると父はふっと笑って立ち上がった。 「――いざとなったら強行突破、といくがそれでもいいのか?」 奥の仕事部屋へ入って行く父の笑みにヒカルの体は震えが止まらなかった。背中をつう、と冷たい汗が流れていく。 ごくり、と唾を飲み干す。凍りついたような酷く痛い時間がただただ流れていった。 体の震えが止まらず、厭味のようにかちかちと一定のリズムを刻む時計の音が耳に入った。 ――あの野郎……! ヒカルの頭に思い浮かぶ一つの思い出……傷跡。 そうだ。中学2年生の時だった。俺は。……俺は……。あいつに、最低な事をしてしまった。 ヒカルの唇が震える。青ざめた表情で拳を握り締めた。 「次はシュンか、ハルキか!?」 ヒカルはそう怒鳴りつけ、傍にあった花瓶を倒した。花瓶が全てを引き裂くような音をたてて割れ、 地面に散らばった。息が荒くなったヒカルは、ぎゅっと唇をかみ締めた。 それから手で顔を覆い、乱暴にその場にしゃがみこんだ。悔しくて、たまらなかった。 止まらない、嫌な予感の音楽 ←BACK NEXT→ |