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先輩のぬくもりが伝わってくる。先輩の大きな手があたしを抱きしめている。 あたしは小さな手でぎこちなく先輩の服をぎゅっと握り締めている。 こんな時間が永遠に続けばいい。そう、思っていた。 だけどそんな思いは、先輩のポケットから鳴る着信音であっけなく崩れた。 あたしはとっさに先輩から離れる。先輩はケータイを取り出した。 いつものこと……だけど、違う。1ヶ月前よりも、1週間前よりも、昨日よりも、 ずっと、もっと、一緒にいたいって願ってる。 ケータイで話す先輩を見ながら、少しだけ、思う。 「大丈夫だって、知佳だけが好きなんだから、待ってろ、すぐ行くから」 先輩の話してる人。麻川知佳さん。先輩の、大切な人。先輩の、彼女。 いつものこと。いつものことだから……ざわつく胸を必死に抑えて、あたしは鞄を手に取る。 先輩は電話を切ると、笑ってこっちを向いた。無言の圧力って、こういうことを 言うんだろうな。 「じゃあ帰りますね」 「うん、じゃあ気つけて」 あたしは急いで玄関に向かう。 本当はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、"まだいいよ"とか、そういうの期待してたけど。 ――馬鹿みたい、かな。 先輩はあたしが靴を履いてる途中も笑顔で手を振り続けていた。 靴を急いで履く。だって先輩のその仕草は、"早く出てけ"ってことだから……。 「じゃあ」 「うん」 最後の悪あがきで、あたしは靴を履き終わった後もう1度振り返って先輩の方を見た。 完全に作られたその笑顔の裏は、きっと"早く出てけよ"でいっぱいなんだろう。 ……大丈夫、千葉さくらは弱くないから。寂しくなんか、ない。 そう言い聞かせて、先輩に背を向けた。 負けない負けない、自分に言い聞かせるとあたしはドアを開けて、外に出た。 冷たい空気に頬がじんじんと痛んだ。はあ、とついた小さな溜め息が白く変わっていく。 ひんやりとした風があたしの心をさらっていく。 通り過ぎてく人々の嫌そうな顔に、あたしも馴染んでいるのかな。 あたしが出て行ったすぐ後に聞こえたドアを閉める音が、あたしの胸を締め付けていること。 きっとあなたは、知らない。 せつなくなるのは、あなたがわらうから ←BACK NEXT→ |