堕ちてきたキセキ





 相模綾人。高校二年生。帰宅部。一人暮らし。俺。
 毎日が同じことの繰り返し。どうすれば抜け出せる、無限ループ。 どうやったって抜け出せない、無限ループ。退屈。つまらない。溜息。 いつからだ、こんな風になったのは。
 たぶん、家族がいなくなったあの日から俺は同じことばかり繰り返している。

 ――俺がツレと遊んでる間に、旅行に出かけた家族。
 妹からのメール。 「今ご飯食ってる(・ω・)おいしいよ〜♪ お兄ちゃんも来たらよかったのに」 添付された、笑顔の妹とパフェの写真。

 夜。帰宅した俺。家に帰ってこない家族。一人馬鹿みたいに待ってる俺。進む時計の針。


 玉突き事故。戻ってこない父さん、母さん、妹。受け止められない真実。 冷たいほどに感情のない儀式。馬鹿みたいに同情してくるクラスメイト。うざったい。
 中学3年生の時だった。


 からっぽのアパート。もう慣れた、静けさ。 一人が嫌だとかほざいてる、クラスの女子は俺のことをすごいだとかいう。ただの同情。くだらない。

 人間は、誰もが一人だ。  親友だとか恋人だとか、そんなのただの偽物だ。口だけの関係。一番大切だとか、そんなことがよく平気でいえる。 どうせ誰より自分が一番だ。自分が可愛いんだ。人間は、誰もが孤独だ。孤独から逃げられる瞬間など、ない。 逃れられない"それ"を、人間はなぜ怖がるんだ。




 ガチャリ。ドアが開く音。
 強盗? 俺は音をたてないようにゆっくりと立つ。カッターの刃を出す。電球の白い光に反射する、銀色の刃。 リビングの方に来る気配はない。しかし、確かにさっきドアの開く音はした。 誰だ。誰がいる。なにだ。なにがある。
 俺は、右手でしっかりと握られているカッターを見る。ゆっくりと手を離す。からん。冷たい音。 どうせあの時、俺は死ぬはずだったんだ。いや、死ぬべきだったんだ。もしここで死んでも、悔やむ理由などなにも無い。
 俺はリビングのドアを開け、玄関へ向かった。


「――……誰だ、お前」

 女。
 長い黒髪。白いワンピース。大きな目。長い睫毛。白い肌。細い手足。裸足。胸にある青いバッヂ。

「壱」
 そいつはぎこちなく口を開けて、そういった。
 イチ。
「あたしは、壱。……きみは?」
 小さい口が開く。そいつは首を傾げて、俺をじろじろ見てくる。

「綾人だ」
 俺がそういうと、壱は、にこりと笑った。なんでこんなに嬉しそうなんだ、名前をいっただけなのに。
 俺はもうその時、そいつが誰だとかどこから来たとかなんのために来ただとか、気にしていなかった。




 それから、

 俺と壱の奇妙な共同生活がはじまった。




出来そこないのが またたいた、その一瞬




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